田舎の景色

白い荒地を走る列車の中、ボックスシートの片隅。僕は肘をついてぼんやりと、ただ、待っていた。

ただ待っていたって、何を?

閑散とした鈍行列車での1人旅、この車内には待たせるものも待っているものもないはずだ。
目の前には、がらんとした2人がけの椅子。ここに誰かが来るのを期待しているのかというと、そういうわけでもない。むしろ、向かいには誰もいない方がよかった。前に人がいると、足を伸ばせないし、心まで窮屈な感じがしてしまう。
では、この列車が終点に着くのを待っているのだろうか。でも、そういう気はしない。終点の街には何度か行ったことがあるし、特に代わり映えのしないところだ。なら、何を待っているのか。
もしかすると、はっきりと待っているものがわかる必要なんてどこにもないのかもしれない。待っているもの自体は、別にそこまで大事ではなくて、待っているのはいつも、驚きや新鮮味そのもの。むしろ、期待の行き先があいまいだから、待っているのか。

そんなことをでたらめに考えているうちに、車内は少し混み始めて、目の前に女子大生風の2人組が腰掛けた。

背伸びしきれていないような服装と訛りから、彼女たちがこの辺の育ちであることはすぐに察しがついた。会話の内容からして、この列車の終点まで買い物にでも行くのだろう。そこは、この地方では目立つ方の都会である。

知らない2人がやってきて、ボックスシートをでかでかと占領していた僕の気分は、シートの片隅に押し戻された。向こうも、目の前によそ者がいては話しにくいとみえて、お喋りはよしてしまった。退屈な田舎の眺め、ディーゼルカーのエンジン音。目をつむって、低徊は一旦中断。

 



―ドアは自動では開きませんので、ドアの横のボタンを押して、お開けください


 
自動放送に、まどろんでいた意識が引き戻される。どうやら、駅で特急列車の通過待ちのようだ。単線の路線では、こういうことはよくある。
ふと、前の2人を見てすこしぎょっとした。携帯や本でもなく、景色でもなく、ただ、どこか遠くをぼうっと見ている2人、視線の方向は違えど、同じ目をしているように見えた。



―ドアは自動では開きませんので、ドアの横のボタンを押して、お開けください



行き先のわからない視線を前にしていると、見られているわけではないと頭ではわかっているつもりでも、なんとなく落ち着かない。人を緊張させるのには、見られているかもと思わせるだけで十分だ。じっと座っている彼女達とは対照的に、泳ぐ僕の目。手、窓、手すり、スニーカー…




―ドアは自動では開きませんので、ドアの横のボタンを押して、お開けください

僕はこのボックスシートに居るのがたまったものではなくなって、席を立ち、ドアを開けて外に出た。
ホームには日焼けした看板がいくつかあるだけで、人の気配はまるでない。
こじんまりとした駅舎は無人駅になった以外は国鉄時代から何も変わっていないというような趣で、当時は駅員が切符を切っていたであろう改札口には、代わりにきっぷの回収箱がぽつんと立っているだけ。



ふと、待っている という言葉が頭に浮かんだ。奇妙なもので、ひとたびこんな考えを抱えてしまうと、きっぷの回収箱だけでなく、駅舎や、その向こうの赤瓦の家々、そしてもはや、この田舎全体が、待っている ように思われた。

この田舎は一体何を待っているのだろう。新しい風が吹き込むのをだろうか。それとも、かつての賑わいが、また戻ってくるのをだろうか。だが、この景色からは待ちきれない。という様子は殆ど感じられない。こうすることしかできないと諦念したかのように、じっとしている。
ときおり、廃屋のトタンが風でガタつく音だけが、もう待ちくたびれてしまったというように響いた。

トタンの音が、頭の中の風景を目の前の田舎から、小さい頃に通った内科へと移らせる。そこにあった引き戸も、よくガタガタ言った気がする。引き戸のある待合室はいつもお年寄りでいっぱいだったが、子供の目には、彼らが深刻な病気を抱えているようには見えなかった。むしろ、馴染みの人とお喋りをしたり、お菓子を交換したりして、ここに来ることを楽しんでいるようだった。待合室にいる目的が治療だけではないとすれば、ここにいるお年寄りたちは一体何を待っているのだろう。小さかった僕も、そんなことを考えたのだろうか。でも、今この景色を眺めていると、その答えがわかるような気がした。



風邪をひいてしまいそうな気がして列車の中へ戻ると、車内は再び閑散としていた。出るときには気がつかなかったが、うとうとしていた間に、だいぶ降りたようだ。だが、元々いたボックスシートはあいも変わらず、混みあったまま。通路側の1人は戻ってきた僕の姿を観て、伸ばしていた脚を引っ込めた。窮屈なら席を移ればいいのに。と思ったが、2人は一向に動く気配はない。いや、動くという考えが浮かばないのだろう。僕は彼女達の中にある、田舎の景色を垣間見た気がした。置きっ放しにしていたリュックサックを掴んで別のボックスへ移動する僕を除けば、じっとしたままの車内。早く特急列車が来て、この間を切り裂いて欲しかった。

 

 

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